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かわさきマイスター活動レポート

「秋の文化講座」でかわさきマイスターが講師に

石渡弘信さんの手描き友禅染め

提供:川崎市
ものづくりや芸事の楽しさを初心者にも気軽に体験してほしいと、「てくのかわさき」と高津区文化協会が毎年、川崎市高津区溝の口の「てくのかわさき」(川崎市生活文化会館)で開いている「秋の文化講座」。ベテラン講師に基礎を学べると、市民から好評です。第35回目の今年は、全13教室を開講しました。中でも、かわさきマイスター・石渡弘信さんが教える「手描き友禅染」(全5回)は毎年大人気。今回は定員15人が参加して、華やかな手描き友禅の魅力を味わいました。10月13日(水)に行われた4回目の教室の様子をレポートします。

■てくのかわさきHP
http://www.zai-roudoufukushi-kanagawa.or.jp/tekuno.html

講師紹介――石渡 弘信さん

型紙を使わずに筆や刷毛を使い、手で色を挿して染め上げる手描き友禅。高津区で石渡染色工房を営む石渡さんは、下絵から仕上げまでの全工程をひとりで手掛けています。生地の特性を見極め、日本画の手法で自然の美しさを深みのある色合いに染め上げる石渡さんの作品は、特に、紺色の微妙な濃淡や、桃山時代から伝わる技法を用いた金箔押しの繊細さで高い評価を得ています。伝統と革新を融合させた作品は数々の賞を受賞しており、皇后美智子様と皇太子妃雅子様、おふたりのご婚礼衣装を手掛けたこともある、経験豊富な匠です。てくのかわさきの他、青山と本川越のNHK文化センターでも講師を務めています。1997年、通産省認定東京手描き友禅文様部門伝統工芸師、平成9年度認定かわさきマイスター。

★石渡さんのより詳しい紹介はコチラ

個人のセンスが光る「色挿し」

微妙な濃淡まで表現された石渡さんのお手本
微妙な濃淡まで表現された石渡さんのお手本
手描き友禅の特徴は、餅粉と白ぬかを熱湯で溶いた「糸目糊(いとめのり)」で下絵を隈取りし、その内側に色を挿していくことです。糸目糊が色滲みを防ぐ土手になり、独特の多彩で華やかな模様を描くことが可能になります。手描き友禅の工程は、この前段階の下絵から始まって、全部で20工程ほどにも上りますが、教室では、吉祥文様の「松竹梅」と「宝尽し」の模様に糸目糊を置いた木綿のハンカチが用意され、全5回で色挿しから仕上げまでが体験できるようになっていました。4回目のこの日は、色挿しの続き。時間になると、生徒さんたちは慣れた様子で、作品づくりにとりかかりました。石渡さんも特別な指示はしないで教室を回って歩き、必要に応じてアドバイスをしていました。
刷毛を使ってグラデーションを作る「ボカシ」も教わっていました。一筆で描くのがコツだそうです
刷毛を使ってグラデーションを作る「ボカシ」も教わっていました。一筆で描くのがコツだそうです
色挿しには通常、染料を用いますが、色の違いがわかりにくいのと、後で熱処理が必要になるため、教室では樹脂製の顔料を使用。赤、黄、紫、黒、青、茶、緑の原液を、生徒さんがパレットの上で自由に混ぜて色を作っていきます。石渡さんはこの他、ピンクや白、山吹色なども用意しました。ちなみに、プロは次に同じ色が再現できるよう、色を作ってから色挿しするそうです。染料の場合は色挿しの後、さらに防染糊を伏せますが、今回は糊の代わりに、原液の半分の割合でエマルジョンを混ぜ、水洗いの際に色が落ちないようにします。使う筆も細い面相筆から太めの彩色筆までいろいろ。色を挿す場所によって使い分けます。本来は色ごとに筆を変えるそうです。
生徒さんはみな、真剣な面持ちで作品に向き合っていました。糸目糊の線からはみ出さないよう、一筆一筆、目と指に神経を集中させ、筆を置いていきます。水彩画暦20年という女性は、「色を重ねていく水彩画と違って、こちらは修正がきかないので難しい」と話していました。また、今回は松竹梅、3つの模様があるため、配色のバランスをとるのが大変で、生徒さんたちが口を揃えたのが、色作りと配色の難しさ。ほとんどの方が下絵のコピーを色鉛筆で彩色したイメージ画を傍らに置いて作業していましたが、「思い通りの色が作れない」「色の配置が難しい」と悩んでいました。しかし、それこそ色挿しの醍醐味でもあるようで、「自分で色を作って彩色していくことが面白い」「集中していると2時間ぐらいあっという間にたってしまう」「どうなるかわからないのが、楽しい」という意見も多かったです。
配色について相談を受けた石渡さん。「今回の文様は花の丸が三つ。色はバランスだから、額にするつもりなら、花の丸一つで完結させるのではなく、3つの花の丸全体を見て、部屋のカーテンの色まで考えて配色します。自分も着物の友禅を作る時には、着物で完結するのではなく、帯などとトータルに考えています。だから、結局、生徒さんに任せた方がうまくいく。自分は手助けするぐらいです」と話してくれました。相談した女性は、鹿の子絞り風の線「描疋田(かきびった)」の描き方を習って早速、梅の花に描き入れ、その上に金の点を散らし、独特の作品に仕上げて、石渡さんから褒められていました。
「てくのかわさきの生徒さんは層が若くて作品もいい」と石渡さん。弾むようにコミュニケーションがとれるそうです
「てくのかわさきの生徒さんは層が若くて作品もいい」と石渡さん。弾むようにコミュニケーションがとれるそうです
「色が濃密でステキだね」「暖色系でまとまっているね」「明るく楽しいね」「清楚な幹感じですね」と、石渡さんは生徒さんの間を回りながら常に声を掛けます。多色使いの生徒さんには、「ばらばらなようでいて統一がとれている。(配色を見て)この帯を締めたら、食べるのは何だろうね。中華かな、洋食かな」と笑顔。「作品がワルツの人もいれば、ベートーベンの人もいる。生徒さんは目を離すと何をやり出すかわからない、それが楽しい」と目を細めていました。
時には先生自らお手本を示します
時には先生自らお手本を示します
石渡さんは子供の体験教室も開いています。慎重な大人と違って、子供は、糸目糊からはみ出してしまうぐらいいきおいよく塗っていくそうです。「学校教育は、こういう風に描きなさいとか、してはいけないことを教えているようなもの。子供の中にはエネルギーが押さえきれないからはみ出してしまう。子供の持つ特性を伸ばしてあげたいから、それでもいいんだと、褒めてあげます」とにっこり。

「友禅は華やかなイメージがあるので、つい、カラフルでかわいい色遣いになってしまいます」と男性
「友禅は華やかなイメージがあるので、つい、カラフルでかわいい色遣いになってしまいます」と男性
「集めている日本人形の着物を自分で仕立てたい」という方や、「以前から手描き友禅に興味があった」という方など、参加理由は人それぞれ。ある若い女性は、「子供が生まれたら産湯の時に使いたいので、やさしくおめでたいイメージで、ピンク系統の色でまとめました」と話し、「他の模様でもやってみたい。体験すると人に友禅の良さを伝えることができるし、着物の素晴らしさもわかるので、貴重な体験になりました」と目を輝かせていました。

女性陣の中で、紅一点(?)だったのが、この講座は2回目だと話すサラリーマン男性。陶器や藍染めなどいろいろな伝統工芸に挑戦しているそうで、「日本の伝統的な図案が好きです。今度は自分で図案も考えて、一から製作したい」と意欲を燃やしていました。「石渡先生は『自分の思うようにやってください』とおっしゃってくれるので楽しい」とのことです。
先生に教わったグラデーションの方法をさっそく、隣のお友達に伝授
先生に教わったグラデーションの方法をさっそく、隣のお友達に伝授
あちこちで、「ステキ!」「この色、どうやって出したんですか?」と、賑やかな声が飛び交います
あちこちで、「ステキ!」「この色、どうやって出したんですか?」と、賑やかな声が飛び交います

生地が大変身する「友禅流し」

4回目の今日は、ほとんどの方が色挿しを終え、防染のために引いてあった黒い糸目糊を、水で洗い落とす工程まで進みました。教室では水道水で洗いますが、いわゆる「友禅流し」では、きれいな川で生地についた糊や余分な染料を洗い流します。「いきなり水に入れてしまうと、色落ちしてしまう場合があるので、布を送るように入れていきます」と石渡さん。「どうなってしまうか、どきどきする」と言っていた生徒さんは、「水の中だと色が冴えるわね」と驚いた様子。「糸目糊の線がなくなってどうなるか想像がつかないのが難しいけれど、思っていたよりやさしい感じになりました。変わるところが面白い」と大満足の様子でした。
「将来、赤ん坊の産湯に使いたい」と話していた生徒さん
「将来、赤ん坊の産湯に使いたい」と話していた生徒さん
黒い糸目糊が落ちて、赤ちゃんにぴったりのかわいい色合いに
黒い糸目糊が落ちて、赤ちゃんにぴったりのかわいい色合いに
生地の上にティッシュを重ね、顔料がアイロンにつかないようにします
生地の上にティッシュを重ね、顔料がアイロンにつかないようにします
「蒸し」の工程の代わりに、水洗いの前に、両面にアイロンを当てて色を定着させますが、これをやらないで水に入れたとたん、色が流れてしまう生徒さんもいるそうです。アイロンの温度は「木綿用」でよいとのこと。
糸目糊を落とした作品を見せ合う生徒さんたち。左は石渡美知子さん
糸目糊を落とした作品を見せ合う生徒さんたち。左は石渡美知子さん
石渡さんのアシスタントとして大活躍したのが、奥様の石渡美知子さん。水洗いの時には、「余分な染料が戻ってしまうことがあるので、水を流しながら洗ってください」と細やかに生徒さんを手助けしていました。
 
水洗いの後、生地が傷まないよう、タオルで巻いて水気をとり、ふたたび、アイロンをあてて乾燥させれば、完成です。

 
乾燥後、そのままでいいという人もいれば、糸目糊が落ちて白くなったところに再度、彩色したり、金線を引いたり、人それぞれです。金線を引く場合は、真鍮の粉を液状のビニールで溶き、花屋で売っている包装用ビニールで作った細い筒の先を切って入れ、糸を引いていきます。「力を入れ過ぎると玉になってしまうからね」と、石渡さんはアドバイスを忘れません。ハンカチ、額、パソコンカバーと、作品の使い道も人それぞれ。石渡さんは「額にするなら、裏に金紙を重ねると、深みがでます」と教えていました。

真鍮の粉を液状のビニールで溶いた状態
真鍮の粉を液状のビニールで溶いた状態
金線にチャレンジ!
金線にチャレンジ!
←梅の花の内側に小さな楕円形を寄せ描きし、バラの花のように表現した、ある生徒さんの作品は大好評。トールペイントが趣味だそうですが、「日本の古典柄はふだん、あまり目にする機会がないので、楽しい」とのことです。

石渡さんのお話

石渡さんが染めた名古屋帯
石渡さんが染めた名古屋帯
この講座は、色挿しを自由に体験してもらい、できるだけ人と違ったものを作ってほしい、自分探しをしてほしいという主旨です。自分がどれだけ体現できたか、自分が成長できればいいのであって、ナンバーワンでなくていいから、オンリーワンであってほしい。ですから、生徒さんには自由にやってくださいと声を掛けています。今回は本当にみなさんの作品が違うので、嬉しいです。生徒さんの作品から、仕事のアイディアが湧くこともあります。教室は女性が多いので、「かわいい」「ステキ」という表現がよく聞こえてきますが、職人はまず言いません。こういう女性たちが喜ぶような着物を作りたいので、特に女性の色遣いや感覚は参考になります。
こんなファンタジックな柄の名古屋帯も。「手描きだからこそ、量販的でないものを作りたい」と製作した作品です
こんなファンタジックな柄の名古屋帯も。「手描きだからこそ、量販的でないものを作りたい」と製作した作品です
手描き友禅の面白さは、なんといっても、形になるので自己表現ができるところです。しかも、作業工程が複雑で、長くやらないと技術が身に付かない。かえってそこに惹かれて通ってくる生徒さんもいますが、自分も同じです。5、10年前にはできなかったことができるようになり、生きていて良かったと実感できる。これこそ人生の生き甲斐です。仕上がりも手描きだから直接的で、人それぞれの良さが出ます。人間的なものが出てくるのが、手作業の良さではないでしょうか。
 
日本の工芸には、自然から学びなさい、という教えがあります。つまり、自然体で創ることが大事だということです。個性の時代といわれますが、無意識に出てくるのが個性であって、自分も感じたものが素直に出せればよいと思っています。
 
私は日本文化が持つ曖昧さや緩やかさが好きですが、豊かな自然に恵まれ、その中で自然と共生し、育まれてきたことで、日本文化の特徴も生まれました。個人の資質や互いに異なる文化を大事にすることが、世の中を健全にします。
こうした講座を通じて、日本文化の素晴らしさや違う文化を大事にする精神を、少しでも伝えていきたいですね。

同じ模様に色を挿しても、人によってこんなに作風が違うものかと驚かされた教室でした。個性を大切にする石渡さんは褒め上手でもあり、必ず、生徒さんのよい所を見つけて、それを口にします。石渡さんは「みなさん、お世辞だなんて言うけれど、そうじゃないんですよ」と笑いながらおっしゃっていましたが、心から賛辞を送っているのが拝見していてよく伝わってきました。こんな先生だったら、難しそう、と尻込みする必要はありません。みなさんもぜひ一度、友禅染めの面白さを体験されてみてはいかがでしょうか。